治療について
治療の考え方*1
乳がんと診断され、最初に受ける治療を「初期治療」といいます。乳がんの初期治療では、手術や放射線療法による「局所療法」と、薬を使った「全身治療」を組み合わせて進めていくのが基本です。
これは、浸潤性乳がんでは、しこりとしてみつかる時期には、すでに微細ながん細胞が全身に広がっていると考えられるためです。
一方、がんが離れた臓器に転移していたり、再発する危険性が高いと考えられる場合は、全身治療である薬物療法を中心とした治療が組み立てられます。
病期0期の非浸潤がんの場合は、手術だけで治療が完結する場合もあります。
診療の流れ:初期治療と経過観察
日本乳癌学会編:患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p60-63, 72, 2023より作成
*1. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p60-63, 72, 2023.
手術
乳房温存療法*2-4(主な対象:病期0~Ⅱ期)
乳房部分切除術は、がんとその周りの組織を切除し乳房を残す方法で、手術後の乳腺の正常組織が残るため、同時に乳房再建を行うことで乳房のふくらみを保つことができます。
しこりのある部分を含めて乳房の4分の1程度を扇状に切除する「乳房扇状部分切除術」や、しこりとその周囲を円状にくりぬく「乳房円状部分切除術」があります。
どちらの術式も、手術後は、温存した乳房に放射線をあてて再発を予防します。乳房部分切除術と放射線療法をあわせて行う治療を「乳房温存療法」といいます。
がんの大きさが約3cm以下を乳房温存療法の適応としてきましたが、それ以上の大きさのがんでも、手術前に薬物療法を行い、がんの大きさが3cm以下になれば、乳房温存療法の対象となることがあります。
・乳房を乳頭から扇状にやや大きく切除する
・がんがある部分を含めて乳房の4分の1程度を切除する方法。部分切除では切除範囲が一番大きい。
・腫瘍から約1~2cm の安全域を含め円状に切除する
・しこりの周囲に1~2cm 幅の余裕をみて、円状に組織をくり抜く方法。切除する範囲が小さく乳房の変形が少ない。
佐伯俊昭 監. 手術後・退院後の安心シリーズイラストでわかる乳がん. 法研, p26-27, 2017.
乳房全切除術*2-4(主な対象:乳房温存療法が適さない/希望しない)
乳房全切除術は、がんの広がりが大きい場合など、乳房温存療法が適していない場合に用いられる方法です。
大胸筋と小胸筋を残し、乳頭や皮膚を含めすべての乳腺を切除する「胸筋温存乳房切除術」や「単純乳房切除術」、手術後の乳房再建を前提とし、乳房の皮膚をできるだけ残す「皮膚温存乳房切除術」や「乳頭温存乳房切除術」も行われるようになってきました。
これらの手術は、主に乳房温存療法の対象とならない早期の乳がんに対して検討されます。
乳頭やしこりの上の皮膚を含め乳腺すべてを摘出し、大胸筋や小胸筋は残す
しこりを含め、すべての乳腺、乳頭、乳輪、表面の皮膚を取り除く
乳頭、乳輪を含めた乳房の皮膚を残し、皮下の乳腺だけを切除する方法
佐伯俊昭 監. 手術後・退院後の安心シリーズイラストでわかる乳がん. 法研, p28-29, 2017.
腋窩リンパ節郭清*5
画像検査などでわきの下(腋窩:えきか)のリンパ節に転移があると診断された場合は、脂肪も含めてひと塊りに切除します。これを「腋窩リンパ節郭清(かくせい)」といいます。
ただし、腋窩リンパ節郭清を行うと、術後に腕がむくむことがあり、患者さんの生活に影響を及ぼす可能性があります。このため、腋窩リンパ節への転移がないと判断された場合は、「センチネルリンパ節生検」を行って、腋窩リンパ節郭清の省略が可能かどうかを確認します。
センチネルリンパ節生検*6
センチネルリンパ節とは、乳がん細胞が最初にたどりつくリンパ節のことをいいます。センチネルリンパ節を目印とし、ここにがんの転移が認められない場合は、その先のリンパ節への転移もないと考えられるため、腋窩リンパ節郭清が省略されます。
乳房再建について*7
乳房再建とは、乳がんの手術で失われた乳房を、形成外科の技術によって、ふくらみや形を整える手術をいいます。再建は、いつ、どのような方法で行うかによって、いくつかの種類があります。一次再建のように、手術と同時に行われる方法もあるので、再建を検討したい方は、手術前に、ご自分の希望を主治医に伝えましょう。
再建方法
自家組織による方法:自分の体の組織を使う
人工乳房(インプラント)による方法:人工の乳房を挿入する
再建時期
一次再建:乳がんの手術と同時に行う
二次再建:手術後に時間をおいてから行う
*2. 日本乳癌学会 編. 乳癌診療ガイドライン ①治療編 2022年版, 金原出版, p294-296, 305-307, 2022.
*3. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p73-79, 95-96, 2023.
*4. 佐伯俊昭 監. 手術後・退院後の安心シリーズイラストでわかる乳がん. 法研, p26-29, 2017.
*5. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p83-85, 2023.
*6. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p80-82, 2023.
*7. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p86-92, 2023.
放射線療法*8,9
乳房部分切除術を受けた方では、再発を防ぐため、術後に放射線療法が追加されることが一般的です。
また、乳房全切除の場合も、局所再発のリスクが高い場合は、術後に放射線療法が行われることがあります。照射する範囲や量は、治療を行う目的や照射部位、病変の広さなどによって決められます。
照射時間は1回1~3分で、多くの場合、外来治療が基本です。
主な副作用として、治療中や治療終了直後に皮膚が日やけしたように赤くなったりすることがあります。皮膚の赤みは治療終了後1~2週間でほとんど改善します。
治療後は照射部位の皮膚が黒ずんだりカサカサになることもありますが、多くは1~2年で元に戻ります。
*8. 国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(2023年11月時点)
*9. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p128-137, 2023.
薬物療法
薬物療法には、「再発の危険性を下げる(術前薬物療法/術後薬物療法)」、「手術前にがんを小さくする(術前薬物療法)」、「手術が困難な進行がんや再発に対して延命や症状を緩和する」などの目的があり、病期(ステージ)、リスクなどに応じて行われます*10。
乳がんに対する薬物療法で用いられる薬には、「ホルモン療法(内分泌療法)」「分子標的治療」「化学療法(抗がん剤治療)」「免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)」の4つの種類があり、乳がん細胞の性質(サブタイプ)や患者さんの状態に応じた治療法が選ばれます。
ホルモン療法(内分泌療法)*11
乳がんは、女性ホルモン(エストロゲン)の刺激を受けてがん細胞が増殖する「ホルモン受容体陽性乳がん」が70~80%を占めています。こうしたタイプ(ホルモン感受性)の乳がんに対しては、エストロゲンの分泌や働きを妨げるホルモン療法薬が使われます。閉経前の女性と閉経後の女性では、使われる薬剤が異なることがあります。
閉経前と閉経後の主なホルモン療法薬
・LH-RH アゴニスト製剤
間接的に卵巣でのエストロゲン合成を抑える
・抗エストロゲン薬
エストロゲンが乳がん細胞に作用するのを妨げる
・黄体ホルモン薬
間接的に女性ホルモンの働きを抑える
・アロマターゼ阻害薬
アロマターゼの働きを妨げ、エストロゲンが作られないようにする
日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p64-67, 2023. より作成
*10. 国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」(2023年11月時点)
*11. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p64-67, 113, 2023.
分子標的治療*12,13
分子標的治療は、がん細胞の増殖にかかわる特定の分子(タンパク)を狙い撃ちにする薬を使って、がん細胞の増殖を抑える治療法です。乳がんの分子標的治療薬には、「抗HER2(ハーツー)薬」「血管新生阻害薬」「mTOR(エムトール)阻害薬」「CDK(シーディーケー)4/6阻害薬」「PARP(パープ)阻害薬」「抗HER2(ハーツー)抗体薬物複合体」などの種類があり、乳がんのタイプや治療歴などに応じた治療薬が選択されます。
乳がんの主な分子標的治療薬
・抗HER2薬
乳がん細胞に「増殖せよ」と司令を出しているHER2というたんぱく質の働きをブロックしてがんの増殖を抑える
・血管新生阻害薬
がん細胞に栄養や酸素を運ぶ新しい血管がつくられるのを防ぐことで、がん細胞を兵糧攻めにする
・mTOR阻害薬
がん細胞の増殖に関連する多くの伝達経路にかかわるmTORというたんぱく質の働きを阻害する
・CDK4/6阻害薬
がん細胞の分裂を促しているCDK4/6というたんぱく質の働きを抑え、がん細胞が無制限に増殖することを抑える
・PARP阻害薬
からだの設計図であるDNAの修復に重要な役割をもつPARPというたんぱく質の働きを妨げ、がん細胞を死滅させる
・抗HER2抗体薬物複合体
HER2タンパクと結合する抗体を介して抗がん剤を直接がん細胞に届けて攻撃する
日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p68-71, 2023.
日本臨床腫瘍学会 編. 新臨床腫瘍学(改訂第5版). 南江堂, p331-333, 2018.より作成
*12. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p68-71, 2023.
*13. 日本臨床腫瘍学会 編. 新臨床腫瘍学(改訂第5版). 南江堂, p305-306,331-333, 2018.
化学療法(抗がん剤による治療)*14-16
化学療法は、抗がん剤を用いてがん細胞を攻撃する治療法です。
手術の前後に行う化学療法では、薬剤ごとに決められた投与量、投与間隔をできるだけ守り治療を受けることが大切です。
化学療法は手術の前に行っても後で行っても、再発率や生存率は同じであるといわれていますが、手術を受ける前に化学療法を行うことが増えています。これを術前化学療法といいます。
術前化学療法の主なメリットは、手術前にしこりが小さくなれば、乳房温存手術や手術での切除範囲が少なくなるなどの可能性があることです。また、しこりの変化から、術前化学療法で使用した薬の効果を確認できることなどがあります。
*14. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p67, 2023.
*15. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p116-122, 2023.
*16. 阿部恭子ほか 編. 乳がん患者ケアパーフェクトブック. 学研メディカル秀潤社, p86, 2017.
免疫療法*17,18
免疫チェックポイント阻害薬による免疫療法は、がんを攻撃する免疫反応にブレーキをかけてしまうPD-1、あるいはPD-L1と結合してそのブレーキを外し、弱まっていた免疫細胞の働きを強めてがん細胞の増殖を抑える治療法です。化学療法と一緒に、または単独で使用して治療を行います。手術の前や後に使用したり、手術ができない進行がんに使用するなど、行われる治療は病期によって異なります。
*17. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p70-71, 2023.
*18. 国立がん研究センター がん情報サービス「薬物療法 もっと詳しく」(2023年11月時点)
薬物療法中の副作用の対応について*19-21
抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常細胞にも作用を及ぼすため、様々な副作用がでやすいことが知られています。また、分子標的治療薬やホルモン療法薬、がん免疫療法も、それぞれ特徴的な副作用が起こることがあります。
副作用の現れ方には個人差がありますので、つらい場合は我慢せず、主治医や看護師、薬剤師に相談してください。また、治療効果を十分得るには、治療を適切に続けることも大切です。治療中の注意点や副作用の対策について、医師や看護師、薬剤師に事前に確認しておくとよいでしょう。
*19. 国立がん研究センターがん対策情報センター 編. 患者必携 がんになったら手にとるガイド 普及新版. 学研メディカル秀潤社, p139-149, 2017.
*20. 木下貴之ほか 監. 国立がん研究センターの乳がんの本. 小学館, p71, 2018.
*21. 日本乳癌学会 編. 患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版, 金原出版, p197-198, 2023.
監修:新倉 直樹 先生
東海大学 医学部 外科学系 乳腺・腫瘍科学 教授
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