治療
治療方針と病期分類1)
膀胱がんの治療には、主に「手術療法(しゅじゅつりょうほう)」、「放射線療法(ほうしゃせんりょうほう)」、「薬物療法(やくぶつりょうほう)」があります。
それぞれの治療法は単独で行う場合もありますが、多くの場合、複数の治療法を組み合わせて行います。
このように複数の治療法を組み合わせて行うことを「集学的治療」といいます。
・膀胱がんのT分類と治療の目安
病期(臨床病期[りんしょうびょうき])とは、がんの進行の程度を示す言葉で、膀胱がんではがんの状態、深さ(T分類)や広がり、転移の程度によって分類しています。T分類はがんがどのくらいの深さまで入りこんでいるかを示します。
図 膀胱がんの深達度の定義と基本的な治療
# TURBT:経尿道的膀胱腫瘍切除術
* 前立腺部尿道表在性浸潤、および前立腺腺管内進展はT4としない
医療情報科学研究所 編. 病気がみえる vol.8 腎・泌尿器 第3版, メディックメディア,p276, 2019. より改変
日本泌尿器科学会・日本病理学会・日本医学放射線学会・日本臨床腫瘍学会編. 腎盂・尿管・膀胱癌取扱い規約 第2版. 医学図書出版, p45-49, 2021.
膀胱がんの病期
日本泌尿器科学会・日本病理学会・日本医学放射線学会・日本臨床腫瘍学会 編.
腎盂・尿管・膀胱癌取扱い規約 第2版. 医学図書出版, p46-49, 2021. より作成
がんの広がりや深さによって、基本となる治療が異なります。
そのほか、体力や腎臓の状態なども考慮し、担当医が治療方針を検討します。患者さんは、担当医やご家族と相談しながら、治療の進め方を決めていきます。
治療方針を決めるポイント
- 膀胱がんの進行の程度はどうか
- 患者さんに治療を受けられるだけの体力があるか
- 患者さんの希望や年齢、併存症(膀胱がんの場合、がん以外に1つ以上の別の病気が共存する状態)の有無 など
1) 国立がん研究センター. がん情報サービス, それぞれのがんの解説(膀胱がん)(2024年5月参照)
治療
①手術療法
i. 手術療法の概要2)
膀胱がんの手術は、大きく分けて2つあります。
ひとつは尿道から内視鏡(膀胱鏡)をさし込み、膀胱内のがんを取り除く「経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)」、もうひとつはお腹を開いて膀胱をすべて取り除く「膀胱全摘除術」です。
「膀胱全摘除術」では、尿をためる膀胱を取り除いてしまうため、新たに尿の通り道を作る「尿路変向術」もあわせて行われます。
「膀胱全摘除術」が適応となる場合でも、検査結果や患者さんの体の状態、QOL(生活の質)を考慮して、「膀胱温存療法」を選択する場合もあります。
膀胱がんの外科療法の種類
・経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)
尿道から膀胱鏡をさし込み、膀胱のがんを取り除きます。
・膀胱全摘除術(開腹または腹腔鏡下)
下腹部を切開して膀胱を取り除きます。
・尿路変向術
膀胱にかわって尿の通り道を作ります。
・膀胱温存療法
膀胱全摘除術をせず、全身薬物療法と放射線療法を組み合わせて治療します。
2) 国立がん研究センター. がん情報サービス, それぞれのがんの解説(膀胱がん)(2024年5月参照)
ii. 経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)3, 4)
先端にライトと小型カメラ、電気メスがついた細い内視鏡(膀胱鏡)を尿道から膀胱に挿入し、膀胱の病変部分(組織)をけずりとる手術です。けずりとった組織にがんがあるかどうか、また、がんが筋層に入りこんでいるかどうかを調べます(病理検査)。
初回TURBTの病理検査でⅠ期と診断された場合は、1~2ヵ月後に2回目のTURBTを行う場合があります(セカンドTURBT)。
図 膀胱鏡(イメージ)
図 経尿道的膀胱腫瘍切除術の方法
3)内藤誠二. 膀胱癌のすべて -基礎から実地診療まで-, メジカルビュー社, p48-51, 2002.
4)吉田修 監. インフォームドコンセントのための図説シリーズ 膀胱がん. 医薬ジャーナル社, p54-57, 2010.
iii. 膀胱全摘除術と尿路変向術5, 6)
膀胱全摘除術とは
「膀胱全摘除術」は、がんの部分をすべてとりのぞくために、膀胱をすべてとり出す手術です。骨盤内のリンパ節も一緒にとり出します。がんが尿道付近にも広がっている場合は、尿道も一緒にとり出します(尿道摘除)。
また、膀胱に隣接する臓器にがんが広がっていることがあるため、男性では前立腺を、女性では卵巣や子宮を一緒にとり出すこともあります。そのほかに隣接する臓器の一部を一緒にとりのぞくこともあります。
手術には、お腹を開いて行う開腹手術と、内視鏡を用いて行う腹腔鏡下手術があります。
膀胱全摘除術を行っても再発や転移の可能性が高い場合は、術前または術後化学療法を行うことがあります(こちらをご参照ください)。
図 膀胱全摘除術でとりのぞく範囲
尿路変向術とは
「膀胱全摘除術」を行うと、尿をためていた膀胱がなくなるため、尿の通り道を新たに作る必要があります。この手術を「尿路変向術」といいます。
尿路変向術にはいくつか方法があり、どの手術を行うかによって将来のQOL(生活の質)に関わります。いくつかの方法から選べる場合は、それぞれの治療法の良いところと悪いところを医師や看護師からよく聞き、検討しましょう。
- 回腸導管造設術(かいちょうどうかんぞうせつじゅつ)と尿管皮膚瘻造設術(にょうかんひふろうぞうせつじゅつ)(非禁制型尿路変向術[ひきんせいがたにょうろへんこうじゅつ])
図 尿路変向術の例
「回腸導管造設術」では、腸の一部を切り離して尿の通り道として使用します。
片側に尿管をつなげ、もう片側をお腹から外部に出るように縫い付け、ストーマ(尿の排出口)にします。
「尿管皮膚瘻造設術」は、腸管は使わず、尿管を直接お腹から外に出るように縫い付けてストーマにします。
「回腸導管造設術」や「尿管皮膚瘻造設術」によって、ストーマから断続的に尿が出てくるため、尿をためるパウチ(袋)をお腹に貼りつけておく必要があります。また、ストーマやその周辺の皮膚のこまめな洗浄や消毒、装具の交換などが必要になります。
- 自然排尿型代用膀胱造設術(禁制型尿路変向術[きんせいがたにょうろへんこうじゅつ])
「自然排尿型代用膀胱造設術」では、腸を袋状に縫い合わせ膀胱の代わりとして使用します(新膀胱)。また、お腹にストーマを作り排尿する「非禁制型尿路変向術」と異なり尿道につなぎ合わせるため、ストーマやパウチの必要がなく、尿道から排尿することになります。
しかし、本来の膀胱とは異なり、新膀胱自体は伸縮性がないため、排尿時はお腹に力を入れて尿を出します。
また、尿意(尿がたまる感覚)がおこらないため、時間を決めて排尿します。特に手術直後は尿失禁がおこりやすく、夜間に起きて排尿するなど、こまめな排尿が必要です。また、自力で排尿ができない場合には尿道に管を入れて排尿する自己導尿を行うことになります。
5)吉田修 監. インフォームドコンセントのための図説シリーズ 膀胱がん. 医薬ジャーナル社, p58-63, 2010.
6) 国立がん研究センター. がん情報サービス, それぞれのがんの解説(膀胱がん)(2024年5月参照)
iv. 膀胱温存療法7, 8)
Ⅱ期からⅢ期の膀胱がんの基本的な治療は「膀胱全摘除術」と「尿路変向術」ですが、膀胱の機能を残すため、これらの手術を行わず、がんの根治を目的として「全身薬物療法」と「放射線療法」を組み合わせた治療をする場合があります。
しかし、すべての膀胱がんが「膀胱温存療法」の対象となるわけではありません。 がんの数が多いほど、また、がんのサイズが大きくなるほど、再発や転移のリスクもともなうため、「膀胱温存療法」が難しくなります。また、患者さんが「薬物療法」や「放射線療法」の治療に耐えられる体力があることも条件になります。
7)吉田修 監. インフォームドコンセントのための図説シリーズ 膀胱がん. 医薬ジャーナル社, p76-79, 2010.
8)藤井靖久 他. 泌尿器外科 2014; 27: 1617-1622
②放射線療法9)
「放射線療法」は、がんのある部位に放射線を当てて、がん細胞にダメージを与える治療法です。
手術と異なり体に傷をつけないため、体への負担が少なく、高齢者や合併症がある患者さんにも治療ができます。
また、がんによる出血や、骨への転移による痛みを軽減するために「放射線療法」を行うことがあります。
9) 吉田修 監. インフォームドコンセントのための図説シリーズ 膀胱がん, 医薬ジャーナル社, p70-75, 2010.
③薬物療法
i. 薬物療法とは10, 11)
薬物療法は、膀胱などに広がったがん細胞に効果を示すことが期待される治療です。
どの薬剤を用いて治療を行うのかは、膀胱がんの組織型、病期(進行の程度、ステージ)、患者さんの全身状態(治療に耐えうる体力)や年齢が考慮されます。また、作用の異なる薬剤を組みあわせて用いる併用療法も広く行われています。
膀胱がんの薬物治療には、「膀胱内注入療法」と「全身薬物療法」があります。
療法
対象
膀胱内注入療法
(膀注療法)
BCG膀注療法
抗がん剤膀注療法
0期~Ⅰ期
全身薬物療法
Ⅱ~Ⅲ期(膀胱温存療法)、Ⅳ期
10)日本泌尿器科学会 編. 膀胱癌診療ガイドライン 2019年版[増補版]. 医学図書出版, p5, 81, 2023.
11) 国立がん研究センター. がん情報サービス, それぞれのがんの解説(膀胱がん)(2024年5月参照)
ii. 膀胱内注入療法(膀注療法)
「膀胱内注入療法」は、「経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)」でとりきれなかったがんや、今後がんになるリスクのある部分に、薬を高濃度で触れさせられるメリットがあり、再発を抑えたり、がん細胞がほかの組織に入りこむ(浸潤する)のを防ぐ目的で行われます。
具体的には、尿道から膀胱へカテーテル(医療用の細い管)を挿入し、抗がん剤やBCG(ウシに感染する結核菌の毒性を弱めたワクチン)を入れ、一定時間排尿をがまんして膀胱内にとどめます。
膀注療法で使用する薬剤や実施回数は、がんの状態や患者さんの合併症の有無などを考慮して決定します。
図 膀注療法のイメージ
iii. 全身薬物療法
「全身薬物療法」は、内服や点滴により薬剤を投与し、全身にめぐらせ、がんの増殖を抑えます。
膀胱がんの全身薬物療法は、作用の違いにより「化学療法」、「免疫チェックポイント阻害薬」、「抗体薬物複合体」の3つの治療に分けられます。
化学療法
「化学療法」は、抗がん剤を使ってがん細胞が増えるのを抑える治療法です。
膀胱がんの化学療法で用いる抗がん剤は、プラチナ製剤とよばれる種類の薬剤のほか、いくつかの薬剤を組みあわせて治療します。
化学療法は転移のある場合に行われます。また、膀胱全摘除術を行っても再発や転移の可能性が高い場合にも実施することがあり、「膀胱全摘除術」の前または後に行う化学療法をそれぞれ「術前化学療法」、「術後化学療法」といいます。
免疫チェックポイント阻害薬
免疫は、細菌やウイルス、がん細胞などの異物をみつけると、それを排除するためにさまざまな働きをします。また、その働きが過剰になりすぎて体を傷つけてしまわないようにブレーキをかける機能も備わっています。 このような免疫の働きを利用し、がん細胞を排除するのが「がん免疫療法(めんえきりょうほう)」です。
がん免疫療法のひとつである「免疫チェックポイント阻害薬」は、がん細胞へ直接攻撃はしませんが、患者さん自身の免疫を高めるように作用し、免疫の働きによってがん細胞を間接的に減らします。
T細胞はがん細胞を攻撃します。しかし、がん細胞表面にあるPD-L1という物質が、T細胞表面のPD-1と結合すると、がん細胞からT細胞に攻撃中止のシグナルが発信されます。それにより、がん細胞に対するT細胞の攻撃にブレーキがかかります。
免疫チェックポイント阻害薬はPD-1とPD-L1の結合を阻害し、がん細胞からT細胞に送られているシグナルを遮断します。その結果、T細胞のブレーキは解除され、がん細胞への攻撃が再開されます。この結果、抗がん作用が発揮されると考えられています。
免疫チェックポイント阻害薬によって免疫が働きすぎて、副作用として現れることがあります。
抗体薬物複合体
「抗体薬物複合体」は、抗体と抗がん剤がつながった治療薬です。
抗体部分ががん細胞の表面にあるタンパク質に結合して、薬物ががん細胞の内部に入りこみ、がん細胞が増えるのを抑えます。
再発、転移12, 13)
再発について
筋層非浸潤性膀胱がん(病期:0a期、0is期、Ⅰ期)では、初期治療にあたる経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)後の再発率は30~70%とされ、膀胱内に何度も再発することが特徴です。そのため、再発リスクに応じた治療を実施します。また、治療後は5~10年程度、定期的な検査を受け、再発していないか観察する必要があります。
筋層浸潤性膀胱がん(病期:Ⅱ期、Ⅲ期)では、膀胱全摘除術後2~3年以内に再発することが多く、治療後に最低5年は定期的な検査を受け、再発していないか確認します。
再発した場合、それぞれの患者さんによって状態が異なるため、症状や体調あるいは希望に応じて治療方針を決めていきます。
転移について
転移とは、膀胱がんの細胞が血液やリンパ液で運ばれて、別の場所で増えることをいいます。
膀胱がんが転移しやすい場所は、リンパ節のほか、肝臓、肺、骨などです。副腎や脳にも転移する可能性があります。
図 膀胱がんと転移しやすい場所
12)日本泌尿器学会 編. 膀胱癌診療ガイドライン 2019年版[増補版]. 医学図書出版株式会社, p121, 2023.
13) 国立がん研究センター. がん情報サービス, それぞれのがんの解説(膀胱がん)(2024年5月参照)
監修:小林 恭 先生
京都大学医学研究科 泌尿器科学教室 教授
がんについて知る
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